巣ごもり暮らしの365日

繰り返すゆるい毎日のキリトリ。

祖母の背中を想う。

 

陰口と愚痴と嘘は

あまり好きじゃないけれど。

 

君は解離以外は、

発達とか別の精神的問題は一切なし。

 

と、主治医に言われているだけに

 

時々、この理不尽な状況に落ち込み

でも、運命だから受け入れるしかないという

そこの板挟みに苦しくなる時もあります。

 

いわゆる、「親ガチャ」と

いうものなのでしょうが

やっぱり、頭のどこかで考えます。

 

もし、虐待やDV、ネグレクトなどのない

そんな家庭に生まれていたのなら。

 

私が1度でいいからしてみたかった

平凡で平和な普通の暮らしが

もしかしたらできていたのかもしれないと。

 

(ないものねだり?)

 

まぁ、もちろん今の私なんかよりも

波瀾万丈な人生を歩んでいた可能性も

当然ありますけどね。爆笑

 

最近、苦しくなると

大好きだった祖母のことを

思い出すように心がけています。

 

(しばらく祖母のことも忘れていたみたいで)

 

口数がとても少なく、

ベラベラ喋ることもなく、

感情をむき出すことも一切なく。

 

いつもお地蔵さんのように黙って

穏やかな表情のまま

タツのおじいちゃんのそばに座って

ミカンとか食べていました。笑

 

 

祖母の家は福島の都心部から

山を2つか、3つぐらい越えないと

辿り着けないような山奥にあります。

 

(今は叔母達が住んでいます。)

 

そこで、農家をしていた祖母は

30代入ってすぐリウマチを拗らせたとかで

身体があちらこちらに

奇妙な方向に曲がってしまったそう。

 

顔は膝の辺りの位置にありましたし

手や腕なども変な方向に曲がってました。

 

その身体が曲がったままの姿になってからは

亡くなるまで、頑なに家の敷地から

出ることは一切なかったそうです。

 

ただ、毎日毎日

裏にあった大きな畑と家だけの往復を

最後、亡くなる前に寝たきりになるまで

淡々と続けていた人でした。

 

小さな頃は、祖母のその姿は

自分の中で当たり前で普通だったので

 

どうしておばあちゃんは

おじいちゃんみたいに、お外に出ないのかな?

とか思った事もありますが

 

自分が大人になり、

祖母が障害を患った年頃になり、

 

(そして、その年頃は通り過ぎましたが)

 

死ぬまで、一言も愚痴をこぼさなかったけど

 

なぜ、敷地の外に一切出なかったのか?

大人になって祖母の気持ちが

少しだけわかった気がします。

 

祖母の「時代」もあり、田舎でもあり、

30代入ったばかりの若さで

身体が曲がってしまった姿を

当然人の目に晒したくなかったでしょうし、

 

(確かに、初めて見る方はびっくりするかも)

 

外にでて人に会えば、

やっぱり何かを、どこかを比べてしまう

自分の運命を受け入れにくくなる

人の心の弱さを知っていたのかもしれません。

 

 

それに、お地蔵さんのような祖母の事だから、

どこかで、他人を羨やむ気持ちを持つのも

嫌だったのかもしれませんけど。

 

 

おじいちゃんがいて、大好きな畑があって、

暖を取れる家と沢山の犬猫達(野良含む)に

自分にとっての幸せとは何か?を、

足元にある、当たり前の日々の有り難さを。

 

心から感じて過ごせていたのかもしれません。

 

(言葉にするのも、言うのも簡単)

 

(難しいのは心からの納得と行動)

 

(ちなみに昔は馬とか鶏とかもいたそう。)

 

今、思えば少し状況が似ている私ですが

なかなか祖母の様にはまだなれず。苦笑

 

祖母は自分の写真を撮られるのを

とても嫌がりましたので

一緒に写った写真も、

祖母の写真自体も手元には1枚もないけれど。

 

色々と苦しくなる時は

小さな頃、よく見ていた

祖母の背中と穏やかな表情を

心のお守りにしながら

日々を過ごせたらいいな。と思います。

 

 

それでは、今日も平穏でゆるい1日を。

 

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実はそんな祖母と私の誕生日は一緒でした。

 

ちなみに生後4ヶ月頃に

捨て犬だった柴子をひきとりましたが

 

生まれた時期が私の誕生月の可能性が高く

柴子も誕生日を一緒にしております。笑

 

もうすぐ推定6歳。…早いなぁ。